おつかれさまでした

意味のないことを書きます

ブログが書けないんだが

いや書けとるやんけ、というツッコミはナシで。
 
私は現在、2017年4月6日午前0時32分、果たしてこの記事が公開できる日がやって来るのやも分からぬまま、数分前まで書いていた記事の終わりの見えなさに絶望し、何もかもから逃げるようにキーボードを叩いている。
 
ブログが書けない。
 
いつからだろう。
初めてブログというものに手を染めたのは中学2年生の頃だったと思う。あの頃は気楽なもんで、真面目な文章を書こうなど微塵も思わず、部活が好きだの宿題が終わらないだのユニコーンの誰それが好きだの、死ぬほどどうでもいいことを、人をナメ腐ったような文体で無限に書き連ねていた。タイトルはその時聞いていた曲の曲名だったし、冒頭で謎の痛いキャラクターに適当なトークをさせてそれに私がツッコむ、みたいなラノベや銀魂にありがちなメタ構造をとった最悪な記事もあった。死にたい。
 
しかしそんなこともいつしかやらなくなって、10弱のブログを渡り歩いた末、私はブログというものを完全に辞めてツイッター人間と化してしまった。
これといった理由は覚えていないけれど、多分まあ面倒くさくなったんだと思う。好きなだけ自由に書かなきゃいけないブログに比べて、制限のあるツイッターは最高に気楽だ。
 
 
けれど留学してからというもの、是非とも140字以上の文章にして残しておきたい出来事や考えがたくさん渦巻くようになり、久しぶりにブログを書く必要に迫られた。いわゆる留学ブログとかいうやつである(ちょっと遅すぎるけれど)。
 
それで、キャバレーヴォルテールに行ってダダのスペクタクルを見た話でも書くかあ、とEvernoteに「ブログ」カテゴリを作ったのが2ヶ月半ほど前のことだ。それから、飛行機からロシアの夜を見下ろしていたら眠れなかった話を書こう、と新たに記事を追加したのも同じ頃。おかしい。どちらも書き終わっていない。
そんなこんなあって、今までの間に書こうと試みた記事の数はなんと9本にも上る。恐ろしいことに、1つもまともに書き終えられていない。
 
さすがにヤバいぞと思って書いているのがこの記事、記念すべき10本目だ。
 
 
なにかクリエイティブな作業をする上で、一つ一つを終わらせることの大切さは嫌というほど語られている。批評ばかりで一文字も書かなかった人間を横目にせっせと文章を書き続けた人が晴れて小説家になった話だとか、現在プロのフィギュア製作者である人の一作目がめちゃくちゃ酷い出来にも関わらずきちんと完成させられている話だとか、とにかく枚挙に遑がない。それくらい手を動かして、しっかり終わらせることは重要なのだ。
 
この話、聞いている分には「そうか〜じゃあ次からちゃんと終わらせるわ!」と気軽に思ってしまうような内容なのだが、いざ実行するとなるとその難易度ったらない。完全に5億ある。もはや不可能に近い。私のEvernoteに溜まりに溜まったアホみたいに長文の記事たちが、それを証明してくれている。
 
だからもう、とにかくなんでもいいから終わらせたいと思った。それがこの記事を書いた一番の理由だ。この記事を書き終えれば、少なくとも私は「ブログ記事を一つ書く」ことを終わらせたことになる。たかだかブログ記事一つ書いたくらいで何かを成し遂げた気になってるんじゃねえぞと言われたら言い返す言葉もないが、今の私にはこれが精一杯らしい。情けない、情けなくて仕方ないけれど、とりあえず自分の限界を知ることができて良かった。それだけでもやっぱり書いてみた意味があるってもんだよねえ。本当に良かったなあ。そうだ、この感じ、絶対に酒豪になるぞと思っていたものの、初めての飲み会で飲んだハイボール一杯と梅酒数口でゲロゲロ吐いて、私に酒飲みは無理だと悟ったあの感じにそっくりだなあ……。
 
 
そろそろ終わらせよう。よし、ようやく一記事書き上げることができた。万歳!きっと明日はなにか良いことがあるはずだ。また数日したら、今溜まった記事を仕上げて少しずつ上げていこう。私は負けないぞ、少なくとも今ある記事くらいは書き終えて形にしてやる。なにを目指しているわけでもないが、とにかく終わらせる、終わらせてやるぞ。
 
これは留学ブログなんかじゃねえ。戦いだ。